公演情報

野坂操壽×沢井一恵 箏 ふたりのマエストロ全国ツアー「変絃自在」Vol. 9 東京公演

2012年12月 6日(木)開催

(渋谷区文化総合センター大和田・さくらホール)

箏という楽器が持つ可能性を切り開いてきたふたりのマエストロ、野坂操壽師と沢井一恵師の全国ツアーのひとつの節目となった東京公演。十七弦箏、二十五弦箏の独奏と共演、ふたりと男性グループとの合奏など、まさに「変絃自在」の世界にひきこまれる素晴らしい公演となりました。音楽、文芸に関する多数の著書で知られる小沼純一氏によるレポートです。

」と「×」、名手ひとりひとりと音楽家たちによる変化

文:小沼純一

ステージに照明があたると、そこに、沢井一恵がいる。白い服を着て、箏にむかっている。箏曲のなかでも特によく知られた「六段」を、しかし通常の十三弦ではなく十七弦で奏でる。楽器が変わるとひびきも変わる。低い弦をはじくと胴のなかを音がうねり、高い弦に大きく共鳴して、楽器の表情が、年齢や性が、変わったかのようにおもえる。

「五段幻想」「五段幻想」(浦田健次郎作曲)
「十七絃・六段」「十七絃・六段」

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コンサートは、沢井一恵の十七弦、野坂操壽の二十五弦箏、それぞれのソロがあってから、ふたりによる沢井忠夫「百花譜」で第一部を閉じ、第二部はこの二年のあいだに書かれた対照的な二つのデュオ作品をへて、総勢19名がステージに配される「二つの群の為に」で締めくくられる。それぞれの部が沢井忠夫作品で終止符をうつ構成だ。

このコンサートでは、一貫して十七弦にむかう沢井一恵とは異なり、野坂操壽は(通常の)十三弦の箏と二十五弦箏とを奏でる。二十五弦箏は、どこか中近東を想起させる浦田健次郎「五段幻想」によって、視覚に、聴覚に、はいってくる。特殊な旋法をとり、広い音域、豊富な倍音をもつこの楽器は、その旋法のせいもあるのか、どこか中近東を想起させるとともに、近代のピアノという楽器との親近性さえ感じられなくもない。

「百花譜」

「百花譜」(沢井忠夫作曲)

ともに二十五弦箏と十七弦による、こまかい音のうごきと太く垂直的なアクセントがコントラストをなす委嘱作品、山本純ノ介「観想の佇まい」と、親しみやすいメロディと、それにともなう和音や音色の変化が一種のヴァリエーションになっている前田智子「青蓮華」。作曲家/作品のキャラクターのちがいをこのように配置するところも、プログラムの妙だ。

「観想の佇まい」野坂操壽
「観想の佇まい」沢井一恵

「観想の佇まい」(山本純ノ介作曲)
野坂操壽、沢井一恵

「青蓮華」

「青蓮華」(前田智子作曲)
     


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第一部・第二部のそれぞれを締めくくる沢井忠夫作品は、大きく急-緩-急をとる(西洋近代的な)構成をとり、そのため伝統的な箏曲の形式や現代邦楽の書法に親しみがなくとも何のかまえもなく、ふつうに音楽として、聴くことができる。演奏が主となる音楽家が自ら作曲を手掛けるとき、作曲を中心とする音楽家(=作曲家)とはすこし異なって、楽器を熟知していることもあって演奏効果や聴き手への配慮ということもつよくなされるようにおもう。沢井忠夫も同様で、エンディングを飾る「二つの群の為に」は、二人のソロに対して5つの群(箏が3つ、十七弦が2つ、の群)という合奏協奏曲的なしつらえ。ダイナミックなひびきが群のあいだを行き来するその邦楽アンサンブルとしての実験性とともに、エンタテインメント性も兼ね備える。

「二つの群の為に」

「二つの群の為に」(沢井忠夫作曲)

このコンサート、名手ひとりひとりが、「+」の関係ではおさまらず、「×」になりうるか、そして、さらに「+」される音楽家たちによって、どう変化するかを提示した。すぐれた音楽家とおなじ時間、おなじ空間のなかで音楽を奏でる体験は、音楽を大きく飛躍させる。「二つの群の為に」はそうした場をみせつけた、と言っていい。

撮影:ヒダキトモコ

プログラム

十七絃・六段
〈作曲者不詳〉

十七絃:沢井一恵

五段幻想―二十五絃箏による―
〈浦田健次郎作曲〉平成17年(2005)

二十五絃箏:野坂操壽

箏と十七絃による 百花譜―春、夏、秋、冬―
〈沢井忠夫作曲〉昭和58年(1983)

箏:野坂操壽
十七絃:沢井一恵

〈休憩〉

観想の佇まい
〈山本純ノ介作曲・委嘱初演〉平成24年(2012)

二十五絃箏:野坂操壽
十七絃:沢井一恵

青蓮華(しょうれんげ)
〈前田智子作曲〉平成23年(2011)

二十五絃箏:野坂操壽
十七絃:沢井一恵

二つの群(ぐん)の為に
〈沢井忠夫作曲〉昭和51年(1976)

箏ソロ:野坂操壽
十七絃ソロ:沢井一恵

箏Ⅰ:市川慎、日吉章吾、Ray Elston、小林甲矢人
箏Ⅱ:光原大樹、吉川卓見、金子展寛、長谷川将也
箏Ⅲ:赤澤大希、衣袋聖志、小山豪生
十七絃A:澤村祐司、中島裕康、山本ダニエル
十七絃B:本間貴士、村澤丈児、今野玲央

プロフィール

野坂操壽[のさか・そうじゅ(惠子)]箏・二十五絃箏

母初代野坂操壽から手ほどきを受け、9歳で加藤柔子に古典箏曲・地歌三絃を師事。東京藝術大学修士課程修了。1965〜82年日本音楽集団団員。69年二十絃箏を開発。同年芸術祭奨励賞。86年小劇場ジァン・ジァンを拠点に、自作曲のライブツアーを3年間継続。91年二十五絃箏を発表。02年芸術選奨文部科学大臣賞。03年紫綬褒章、二代野坂操壽襲名。06年中島健蔵現代音楽賞、エクソンモービル音楽賞。09年旭日小綬賞。10年箏独奏アルバム「錦木によせて」(邦楽ジャーナル)、11年「箏曲『六段』とグレゴリア聖歌『クレド』」(日本伝統文化振興財団)、二十五絃箏完成20周年記念「偲琴」(カメラータ)をリリース。10年度日本藝術院賞。11年二十五絃箏制作20周年記念として第25回リサイタルを開催。現在、桐朋学園芸術短期大学教授、公益社団法人日本三曲協会・生田流協会常任理事、生田流箏曲松の実會主宰。

沢井一恵[さわい・かずえ]十七絃

宮城道雄に師事。東京藝術大学音楽学部卒業。1979年沢井忠夫と沢井箏曲院設立。現代邦楽で活躍する一方、全国縦断「箏遊行(そうゆぎょう)」、一柳慧(作曲)+吉原すみれ(打楽器)とのコンサートツアー、ジョン・ゾーン、高橋悠治プロデュースによるリサイタルなど実験的活動を通し、伝統楽器としての箏と西洋音楽、現代音楽、JAZZ、即興音楽などとの接点を探求。99年NHK交響楽団委嘱、ソフィア・グバイドゥーリナ作曲の箏コンチェルト『樹影にて』をシャルル・デュトワ指揮でアメリカツアー。国内では、五嶋みどり(ヴァイオリン)とのプロジェクト「ミュージック・シェアリング」を展開中。2010年4月坂本龍一作曲『箏とオーケストラのための協奏曲』(初演)、『樹影にて』を佐渡裕指揮で演奏、8,000人の聴衆に感銘を与える。それを収録したCD「点と面」をcommmonsより、また十七絃と五絃琴によるCD「THE SAWAI KAZUE」を邦楽ジャーナルより発売。

公演プログラムより転載
小沼純一(こぬま じゅんいち)

1959年、東京生まれ。早稲田大学文学学術院教授。音楽・文芸批評を中心に執筆活動を続ける。第8回出光音楽賞(学術・研究部門)受賞。主著に『魅せられた身体』『ミニマル・ミュージック』『武満徹 音・ことば・イメージ』(青土社)、『サウンド・エシックス』『バカラック、ルグラン、ジョビン』(平凡社)、詩集に『サイゴンのシド・チャリシー』(書肆山田)、翻訳監修に『映画の音楽』(M・シオン、みすず書房)など。