公演情報

古曲演奏会

2011年10月 4日(火)開催

(東京・紀尾井小ホール)

財団法人古曲会が主催し、河東節、一中節、宮薗節、荻江節の演奏家が勢ぞろいした古曲演奏会が10月4日紀尾井小ホールで開催されました。年間を通してシリーズで続く演奏会のなかでも演目をよりすぐった、聴きごたえと観ごたえのあるステージの模様をお送りいたします(CD「古曲の今」「古曲の今第二集」「河東節名曲選」は当財団より発売中)。

聴くもの、観るものにとってまたとない貴重な機会

文:北村卓也

古曲演奏会が10月4日、四ツ谷の紀尾井小ホールで開催されました。古曲とは江戸時代中期以降、長唄や浄瑠璃から派生した三味線音楽、荻江節、一中節、宮薗節、河東節の四つの種目を指します。荻江節は長唄から派生した唄・音楽、一中節、宮薗節、河東節はそれぞれ浄瑠璃の一種で語り物音楽。みな長く続く三味線音楽ですが、伝承者・演奏者が少なくなっていることもあり「古曲」と呼ばれています。そうした古曲の継承・発展を目的に、財団法人古曲会が主催する演奏会が昭和37年度から始まり毎年1回開催されています。これは聴くもの、観るものにとってもまたとない貴重な機会です。

浄瑠璃というとまず義太夫節が思い出され、古曲などは馴染みが薄いかもしれません。特に若い方にはそうでしょう。そもそも私が古曲の世界に興味を持ち始めたのは、ジャズやワールド・ミュージックといった他方面からでした。ジャズ出身の世界的打楽器奏者土取利行さん、そのパートナー桃山晴衣さんの唄と三味線に触れ、そして桃山さんの出自である宮薗節をまず聴き始めました。(桃山晴衣さんの作品『弾き詠み草』『「遊びをせんとや生まれけん」──「梁塵秘抄」の世界』等は中村とうよう氏によって「邦楽」の枠を越えワールド・ミュージックという位置づけでも紹介されていました。)これまで古曲をCDやレコードで聴く機会はありましたが(どれも限られた演目で古い録音です)、こうした古曲会による演奏活動を知り実際の演奏に接することができました。

さて当日の演目は、荻江節から「式三番叟」「荻の流」、一中節から「椀久道行」「千手重衡」、宮薗節から「椀久」「道行袖屏風」、そして河東節から「助六由縁江戸桜」の全7曲です。演目や詞章を見るだけでも時代や芸能・音楽・文学などジャンルを横断した面白さや発見があるのは伝統芸能の特色でしょう。「三番叟」は能楽から派生し歌舞伎・浄瑠璃を始め様々な民俗芸能にも取り入れられた演目、「椀久物」も同じく歌舞伎・浄瑠璃などで展開され、「千手重衡」は平家物語から、「助六由縁江戸桜」の一節「鐘は上野か浅草に…」(「浅草や…」とも)は芭蕉の句の引用で長唄の「宵はまち(宵は待ち)」などでも見かけます。

荻江節 式三番叟(しきさんばそう)

荻江節 式三番叟(しきさんばそう)

一中節 千手重衡(せんじゅしげひら)

一中節 千手重衡(せんじゅしげひら)

 

 まず荻江節から「式三番叟」「荻の流」。長唄から派生した荻江節ですが、長唄の華やかさとは違う、ゆったりとしたしとやかな演奏です。次は、一中節「椀久道行」「千手重衡」。「千手重衡」では緩急があり独特の伸びのある節が情景を豊かに描き、語りに引き込んでいくよう。そして、宮薗節「椀久」「道行袖屏風」。こちらも椀久・道行物、宮薗の憂いのあるような緩やかな節は一中節とはまた違う情感を感じさせます。最後の演目、河東節「助六由縁江戸桜」は歌舞伎十八番のひとつとして有名です。歌舞伎で上演する際は現在でも市川團十郎家から河東節十寸見(ますみ)会へ使者が出て出演依頼をする慣習が残されています。折しもこの10月は名古屋御園座で「助六由縁江戸桜」が上演され十寸見会の旦那衆はそちらに出演しているため、当日は代わりに長唄のプロの方が演奏されていました。歌舞伎で演奏されるためか古曲の中では劇的で力強く歯切れのよい演奏でした。

宮薗節 道行袖屏風(みちゆきそでびょうぶ)

宮薗節 道行袖屏風(みちゆきそでびょうぶ)

河東節 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)

河東節 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)

 

現在古曲とされるものは江戸で成立、あるいは上方で始まり次第に江戸に移り栄えたものとあり、どれもその風情が色濃いのでしょうか、義太夫節などとくらべると、三味線も細棹~中棹で音色も細やかで澄み、張りつめたような繊細さです。実際にそれぞれ演奏を目にしてみますとCD・レコードだけでは分かりづらかった、そうした細やかな手や節の違いをより知ることができたように思います。

撮影:福田知弘

番組

一、荻江節 式三番叟(しきさんばそう)
唄:荻江恵美、荻江充、荻江泉江、荻江七重(山木七重) 三味線:荻江里泉、荻江泉恵、荻江泉喜美

二、一中節 椀久道行(わんきゅうみちゆき)
浄瑠璃:菅野序恵美、菅野序紘 三味線:菅野序枝、菅野序春

三、荻江節 萩の流(おぎのながれ)
浄瑠璃:荻江ちか、荻江幸代 三味線:荻江香世、荻江理

四、宮薗節 椀久(わんきゅう)
浄瑠璃:宮薗千和恵、宮薗千よし恵 三味線:宮薗千加寿、宮薗千加寿弘

五、一中節 千手重衡(せんじゅしげひら)
浄瑠璃:宇治紫文、宇治紫有 三味線:宇治紫津、宇治紫織

六、宮薗節 道行袖屏風(みちゆきそでびょうぶ)
浄瑠璃:宮薗千碌、宮薗千碌司、宮薗千碌季 三味線:宮薗千佳寿弥、宮薗千幸寿

七、河東節 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)
浄瑠璃:十寸見東治(杵屋利光)、十寸見東裕(松永忠次郎)、十寸見東染 三味線:山彦良波、山彦青波(松永忠一郎) 上調子:山彦登(山登松和)

関連作品

「古曲の今 (12枚組)」
「古曲の今 第二集 ── 河東節・一中節・宮薗節・荻江節 ── (10枚組)」
「河東節名曲選」[助六所縁江戸桜/山姥/廓八景/七重八重花の栞(花の栞)]

今後の公演予定

【古曲を知るシリーズ】

紀尾井小ホール 自由席3,000円
解説 竹内道敬(元国立音楽大学教授、近世邦楽研究家)

12月7日(水)14時開演    宮薗節を知る会――明治以降の新作特集――
(平成24年)2月13日(月)14時開演    河東節を知る会
主催 財団法人 古曲会 お問い合わせはこちら

北村卓也

1978年生まれ。グラフィック・デザイン事務所、合同会社エム・ビー所属(東京・神楽坂)。CD・レコード・書籍などのデザインに携わる。音楽雑誌『G-Modern』制作・デザインにも参加。同誌29号では特集「日本の周縁音楽」内の「語り物音楽遊覧」を執筆、語り物音楽の音源を多数紹介。合同会社エム・ビー ブログ:http://mbllc.blog27.fc2.com/