公演情報

第1回 中彩香能 箏・三絃リサイタル

2011年10月 3日(月)開催

(銀座・王子ホール)

新進演奏家の中彩香能(なか あやかの)さん初のリサイタルが10月3日銀座・王子ホールで開催されました。 古典から出発し、今では古典曲も現代曲も大好きだと語る中彩香能さん。賛助出演に亀山香能師(箏)、藤原道山師(尺八)、水野佐知香師(ヴァイオリン)を迎え、幅広い演目と圧倒的な演奏で聴衆を沸かせた公演をお伝えします。

文:笹井邦平

古典曲と現代曲 両刃の剣

山田流箏曲・現代三味線の中彩香能さんが初リサイタルを開催。中さんは十歳より山田流箏曲を母・亀山香能師に師事し、東京藝術大学卒業後現代三味線を学ぶため洗足学園音楽大学大学院修士課程に入学して西潟昭子師に師事して現代邦楽を学んだ。

その後第5回東京邦楽コンクールで第1位となり、2010年には神奈川フィルハーモニー管弦楽団とソリストとして協奏曲を共演するなど、古典曲・現代曲を中心に演奏活動を続ける新進気鋭の演奏家である。

研鑽の跡が見える古典曲

「四季によせて」

「四季によせて」

プログラムはまず中能島慶子作曲「四季によせて」(箏-中彩香能)。春夏秋冬を詠み込んだ和歌を歌詞とした箏の弾き歌いで、歌・手事ともに勢いがあり歌詞が明瞭で音切れも良く、響きの良いホールに綺麗に流れる。

「新ざらし」

「新ざらし」

2曲目は北沢勾当作詞・深草検校作曲・中能島欣一編曲「新ざらし」(箏-亀山香能、三絃-中彩香能)。〈さらし〉とは布を水に晒して日光に当て漂白する作業、布を洗う音や水の音が〈さらし〉という音形となって随所に現れる。中能島師の編曲はその華麗なカデンツァが特色で、中能島師から直接指導を受けた母・亀山師のリードで呼吸(いき)の合った箏・三絃の掛け合いの火花を散らす。

ここまでが古典曲で中さんが古典に真摯に取り組んだ的確な研鑽の跡がうかがわれる。

ダイナミックな現代曲

「明鏡」

「明鏡」

奔手(ほんじゅ)

奔手(ほんじゅ)

3曲目は杵屋正邦作曲「明鏡」(三絃-中彩香能、尺八-藤原道山)。中さんが西潟昭子師に最初に教わった三味線の現代曲、正邦師の愛弟子である西潟師から習得した演奏は中さん・藤原師ともに音色がクリアで切れがあり、まさに現代邦楽のお手本のような明解な演奏に客席が静まり返る。

4曲目は三木稔作曲「奔手(ほんじゅ)」(三絃-中彩香能)。〈奔放な撥さばき〉という意味合いのタイトルで、作曲者の言によれば山口県の秋芳洞を訪れた時豪雨の後の奔放な水流に感銘を受けて書き上げた-という。メロディラインが急速と緩やかさを繰り返すダイナミックかつ奔放な曲想を中さんは巧みな撥捌きでバリバリ弾きまくる。

「TANGO-AKIKO」

「TANGO-AKIKO」

終曲は玉木宏樹作曲「TANGO-AKIKO」(三絃-中彩香能、ヴァイオリン-水野佐知香)。作曲家でヴァイオリニストの玉木宏樹氏が西潟昭子師の委嘱で書いた作品、三味線とヴァイオリンとの絶妙なアンサンブルが聴き処、中さんが洗足学園音楽大学の大学院コンサートで演奏した時に助演をお願いした同大学教授の水野佐知香師との共演が初リサイタルの掉尾を飾る。

タンゴといっても古典的なタンゴではなく、アルゼンチンタンゴの作曲家・バンドネオン奏者でタンゴを元にクラシック・ジャズの要素を融合させ独自の演奏形態を産み出したアストル・ピアソラ風のノリの良いタンゴ。表情豊かにダイナミックに奏でる水野師との緻密で豪快なアンサンブルが客席を唸らせる。

一ヶ月の空白が活躍の基盤

二十代半ばで初リサイタルができる中さんは恵まれた環境にいる訳だが、自分の意志で稽古を始めたものの中学の反抗期には稽古を中断して箏・三味線に全く触らない期間があった。しかし、亀山師は娘の意思を尊重し無理強いすることはなかった。そのうちに中さんは心に隙間の空いたような物足りなさを感じ一ヶ月して稽古を再び始めた。この一ヶ月の空白が彼女を音楽にいっそう引き寄せ今日の活躍の基盤となったのだろうと私は想う。

撮影:鳥居誠

中彩香能(なか・あやかの)

東京都出身。本名:中香里。幼少より山田流箏曲を母・亀山香能に、ピアノを鈴木ゆみ氏に師事、現在にいたる。現代三味線を西潟昭子師に、河東節三味線を人間国宝・山彦千子師に師事、現在にいたる。2005年5月菊原光治師より三味線組歌の巻を伝授。長唄三味線を杵家弥七佑美師に師事。東京藝術大学邦楽科箏曲山田流専攻卒業。在学中、萩岡松韻師、井口法能師、鈴木厚一師らに師事、宮城賞受賞。洗足学園音楽大学大学院修士課程器楽専攻和楽器三味線コース修了。同大学院にて前田音楽奨励賞受賞、前田記念奨学金奨学生に選ばれる。2009年2月、ニューヨーク・ボストンにて演奏。2010年2月、各部門の首席奏者による「大学院グランプリ特別演奏会」に出演。2009年10月、大学院コンサートシリーズ「コンチェルトの夕べ」において原田幸一郎指揮・洗足学園ニューフィルハーモニック管弦楽団と、2010年3月、金聖響指揮・神奈川フィルハーモニー管弦楽団と、ソリストとして協奏曲を共演。洗足学園音楽大学大学院修了式にて、総代を務める。

2008年第5回東京邦楽コンクール第1位(日本伝統文化振興財団賞)
2010年第16回くまもと全国邦楽コンクール奨励賞受賞
2010年NHK邦楽技能者オーディション合格

桐香会・奏心会・新潮会・中能島会などに所属。洗足学園音楽大学講師。はいから和楽器教室大井町・高円寺両校講師。現在、古典を中心とした演奏活動を展開すると同時に、和楽器と洋楽器のコラボレーションを積極的に行っている。

亀山香能(かめやま・こうの)

山田流箏曲を人間国宝・中能島欣一師に師事。東京藝術大学卒業、大学院修了。同大学非常勤講師を勤める。2011年までに16回のリサイタル開催。第13回リサイタルにて文化庁芸術祭優秀賞受賞。CD「時を紡いで」(1〜3集) 現在、国内外の演奏及びTV、ラジオなどに出演。また、ライブ活動、レクチャーコンサートなどにも力を注ぐ。現代邦楽研究所講師。白百合学園中学・高校、日大豊山女子中学・高校箏曲講師。

藤原道山(ふじわら・どうざん)

人間国宝・山本邦山に師事。東京藝術大学卒業、大学院修了。安宅賞、江戸川区文化功績賞、松尾芸能賞新人賞を受賞。CD15枚及DVDをリリース。古典と共にピアノ、チェロとのユニット「KOBUDO-古武道」結成など多方面にわたって活動中。現在、都山流尺八楽会大師範。邦山会、日本三曲協会、江戸川邦楽邦舞の会会員。山本邦山尺八合奏団団員。胡弓の会「韻」、「曠の会」同人。ホリプロ所属。東京藝術大学非常勤講師。

水野佐知香(みずの・さちか)

東京藝術大学卒業。数々の国内外の音楽コンクールで入賞。ソリスト、室内楽奏者として定評があり、オーケストラとの共演多数。各地のコンクールの審査員も務め、門下生からは多くのコンクール入賞者、国内が活躍する演奏家を輩出し、教育者としても信頼が厚い。多くのCDをリリースし、玉木宏樹氏が編曲したヴァイオリンデュオの楽譜監修も手掛け、また、海外でのリサイタル、マスタークラスにも招聘され好評を得ている。現在洗足学園音楽大学教授、ヴィルトゥオーゾ横浜代表。

笹井邦平(ささい くにへい)

1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。