「古曲を知る」シリーズ第32回 河東節を知る会
2011年2月16日(水)開催
(東京・紀尾井小ホール)
“古曲”と呼ばれる河東節、一中節、宮薗節、荻江節を今に伝えるコンサート「古曲を知る」シリーズより、第32回「河東節を知る会」が2月16日紀尾井小ホールで行われました(午後2時開演)。竹内道敬氏(元国立音楽大学教授、近世邦楽研究家)による和やかな解説、粋を凝らした演奏の模様をレポートします(※CD「古曲の今」、「古曲の今第二集」、「河東節名曲選」は当財団より発売中)。
往時の江戸へ誘われたひととき
文:じゃぽ音っと編集部
江戸時代に産声をあげた日本音楽は地歌、箏曲、長唄や義太夫などの浄瑠璃など数多い。浄瑠璃では数々の「節」が人気を集めては消え、現在に伝わるものはその一部に過ぎない。なかでも稀少な河東、一中、荻江、宮薗は、大正〜昭和期に「古曲」と称されて現在に至り、山田流箏曲や長唄などの音楽家も参加し研鑽を重ねている。財団法人古曲会が主催し、長期にわたるシリーズの第32回「古曲を知る会」は河東節からのプログラム。
まず「海老」は2分に満たない短さで、LP時代の録音こそあれど、演奏される機会の少ない稀曲。今回は浄瑠璃、三味線ともに男性による演奏で、河東節連中が歌舞伎界の名跡、市川團十郎家へ年賀に行った際(招かれたという説も)に披露されたと伝わるもの。「“目出度く祝ってくれるのう”と團十郎になったような気分で」という竹内道敬氏の解説の後、緞帳が上がる。河東節の大曲「橋弁慶」と共通する前弾に続き、「 そもそも海老は親に似て」という出だしから「目さえ“め”でたき次第なり」とまたたく間に終わり、あまりの短さにきょとんと目が点になるほど。江戸っ子の洒落っ気を凝縮したかのようで、聴き手にとっては河東節の世界への扉となり、いい目覚しになった。
次に「御祭礼花競べ(ごさいれいはなくらべ)」。嘉永三年(1850年)、山王祭りのときの付け祭り(※注)の余興で演奏されたという記録が残っており、こういった祭礼の場で演奏され伝承された河東節には「汐汲里の小車(しおくみさとのおぐるま)」(山王祭礼)、「七草(ななくさ)」(神田祭礼)がある。浄瑠璃、三味線あわせて男性4名の編成で、タテ三味線の「ハオー」と勇ましい掛け声が加わり、祭礼にふさわしくめでたい言葉が並ぶ。
「松竹梅」は文政十年(1827年)、十寸見東栄が東洲と改名した際に披露された曲。別名「老松(おいまつ)」といい能の謡曲「老松」(世阿弥作)をもとにしており、「松、竹、梅」はもちろんだが、一見関連のない吉原にちなんだ歌詞を差し込むのは文化・文政当時のお約束ごとだったそうだ。格調の高い「老松」を身近に感じさせるためだったのでは、という竹内氏の解説。三味線2挺に力強い浄瑠璃の節が、当時の空気を再現するかのように生音で迫ってくる。
最後に「筆始四季の探題(ふではじめしきのたんだい)」。こちらは天明三年(1783年)とも伝えられる。“筆始”は正月のことで、クジ引きかなにかで題を引き当て、それにふさわしい歌を詠むという趣旨。古今和歌集、和漢朗詠集、拾遺和歌集といった古典からの引用を巧みに織りこんで正月のめでたさを表現しており、作詞者(文魚というペンネームの名義だが、じっさいは高崎のお殿様であるとも)の相当な教養がうかがえるとのこと。時間の都合で前半を割愛した演奏だったが、名歌の情景が次々に現れたのち「数え数うる言の葉は、浜の真砂の数も尽きせじ」と締めくくられ、その編集の妙が時代を越えて味わえた。
江戸に生まれ育まれてきた河東節の世界。ロビーに展示してあった色あざやかな浮世絵を休憩中に眺めつつ、往時の江戸へ誘われた夢のようなひとときだった。
写真撮影:福田知弘
※注 山王祭りのときの付け祭り 神仏習合だった江戸時代、“山王権現”と呼ばれていた赤坂の日枝神社と、神田神社(神田明神)の祭りは江戸の二大祭りと呼ばれた。その祭礼の行列で山車(だし)につく踊り屋台や練り物、地走りなどを“付け祭り”という。ただし今のようなパレードと異なり、しばらく歩きいったん止まって演奏し、また動いていったという記録が残っている。
■番組
一、海老〈えび〉
浄瑠璃:十寸見東裕(松永忠次郎) 三味線:山彦青波(松永忠一郎)
二、御祭礼花競〈ごさいれいはなくらべ〉
浄瑠璃:十寸見東治(杵屋利光)、十寸見東裕 三味線:山彦良波、山彦青波
三、松竹梅〈しょうちくばい〉
浄瑠璃:山彦ちか子、山彦幸代、山彦ゆかり 三味線:山彦佳子、山彦朋子
四、筆始四季の探題〈ふではじめしきのたんだい〉
浄瑠璃:山彦久江、山彦音枝子、山彦敦子、山彦恭子 三味線:山彦千子(人間国宝)、山彦奈加、山彦季代乃 上調子:山彦まさ予
■関連作品
「古曲の今 (12枚組)」
「古曲の今 第二集 ── 河東節・一中節・宮薗節・荻江節 ── (10枚組)」
「河東節名曲選」[助六所縁江戸桜/山姥/廓八景/七重八重花の栞(花の栞)]
■今後の公演予定
【古曲を知るシリーズ】
紀尾井小ホール 自由席3,000円
解説 竹内道敬(元国立音楽大学教授、近世邦楽研究家)
5月18日(水)14時開演 荻江節を知る会
8月5日(金)14時開演 一中節を知る会
12月7日(水)14時開演 宮薗節を知る会
(平成24年)2月13日(月)14時開演 河東節を知る会
【古曲の演奏会】
7月13日(水)13時開演 古曲勉強会
紀尾井小ホール 自由席2,000円
10月4日(火)13時開演 古曲演奏会
紀尾井小ホール 自由席4,000円
主催 財団法人 古曲会 お問い合わせはこちら