公演情報

三木稔 箏作品の夕べ

2010年12月 6日(月)開催

(四谷区民ホール)

石垣清美、木村玲子、砂崎知子、福永千恵子、宮越圭子、吉村七重の各師が一堂に会し、数多くの邦楽作品でも知られる三木稔氏の名作を演奏する「三木稔 箏作品の夕べ」が12月6日四谷区民ホールで開かれました。終演後、三木稔氏が演奏者とともに舞台で顔を揃え、会場からの惜しみのない拍手に包まれた感動的な会の模様をお伝えします。


文:笹井邦平

音楽の国際交流に貢献

作曲家・三木稔氏は日本のみならずアジアを代表する作曲家であり、〈連作オペラ〉をはじめとする作品群は国際的に高く評価され、邦楽の現代化と国際化をリードし日本とアジア、また東洋と西洋の音楽の交流と創造に大きく貢献した功績により昨年福岡市が主催する〈福岡アジア文化賞〉を受賞した。

その祝賀会の席で砂崎知子師と吉村七重師の間で「昔は演奏会でよくいっしょになった顔ぶれも最近はなかなか会う機会がないから、三木先生の名作箏作品を聴いていただく演奏会をしましょうか」という話が持ち上がり、そこに石垣清美師・木村玲子師・福永千恵子師・宮越圭子師が加わり今宵の演奏会に至った。数ある三木氏の邦楽作品の中でも箏を中心とした室内楽・独奏曲を中心に6曲を選曲して演奏する。

21世紀の箏音楽

序曲は「文様(あや)Ⅰ」(1967)「文様Ⅱ」(1974)(十三絃箏Ⅰ―福永千恵子、十三絃箏Ⅱ―木村玲子、十七絃箏―宮越圭子)。古典曲を聴きなれた耳にはメロディラインが新鮮で各パートが独立した旋律を奏でながらどこかで微妙にアンサンブルを保ち、古典曲にはないテイストがある。

2曲目は「竜田の曲」(1971)(二十絃箏独奏―吉村七重)。三木氏が協力して野坂恵子(現操壽)師と開発した二十絃箏の特色を活かした作品。豪放な秋の女神・竜田姫のイメージを吉村師が二十絃箏の特色である広い音域を活かしてバリバリ弾きまくり、響きの良いホールに現代箏のインパクトある音色が谺する。

3曲目は「雅のうた・鄙ぶりの踊り」(1971)(十七絃箏―石垣清美、尺八―福田輝久〈客演〉)。箏の音色の典雅な一面とやや鄙びた素朴な一面を十七絃箏とくすんだ素朴な音色の尺八が着かず離れずの絶妙のアンサンブルを奏でる。

「文様(あや)Ⅰ」「文様Ⅱ」
「文様(あや)Ⅰ」「文様Ⅱ」
「竜田の曲」
「竜田の曲」
「雅のうた・鄙ぶりの踊り」
「雅のうた・鄙ぶりの踊り」

最高のプレゼント

4曲目は「絃(いと)の春秋~箏と三味線のための二重奏曲~」(1995)(地歌三味線―砂崎知子、十三絃箏―吉村七重)。三木氏が古典楽器である十三絃箏と地歌三味線を広く振興させようと書いた作品。今宵のコンサートの仕掛け人砂崎師と吉村師の奏でる和のテイストの心地良いメロディとテンポが私の耳に安らぎを与えてくれる。

5曲目は「箏 譚詩集第一集〈冬〉」(1969)(十三絃箏独奏―福永千恵子)。現代箏曲演奏家でこの曲をリサイタルにかけない人はいないだろうという現代箏曲のバイブル的作品。〈小さな序曲〉〈あこがれ〉〈冬の夜〉〈人形の子守唄〉〈やがて春が〉の5章に別れ、十三絃箏が冬の安らぎと春への憧れをきめこまやかに歌い語る。私はこの曲を聴くとヴィヴァルディの「四季」の〈冬〉のラルゴを重ね合わす。

終目は「三つのフェスタル・バラード」(1954/1975)(二十絃箏Ⅰ―砂崎知子、二十絃箏Ⅱ―木村玲子、二十絃箏Ⅲ―宮越圭子、十七絃箏―石垣清美)。三木氏が十七歳まで過ごした徳島市の風景・風俗を綴った作品、この敢えて拭おうとしない土着的な匂いが三木氏に数多の邦楽作品の書かせたルーツだと私は思う。二十絃箏と十七絃の華麗なアンサンブルが高いテンションで響きわたり聴衆を魅了する。

「絃(いと)の春秋~箏と三味線のための二重奏曲~」
「絃(いと)の春秋~箏と三味線のための二重奏曲~」
「箏譚詩集第一集〈冬〉」

「箏 譚詩集第一集〈冬〉」
「三つのフェスタル・バラード」
「三つのフェスタル・バラード」

今宵の出演者は沢井箏曲院・正派合奏団・日本音楽集団・宮城合奏団など現代邦楽をレパートリーとするアンサンブルで鍛え抜かれたスペシャリストばかり、彼女達が一堂に会して巨匠の作品を精魂籠めて演奏する姿に客席は大満足。終演後舞台に上り出演者に囲まれた三木氏は「私は幸せ者でございます……」と声を詰まらせる。齢八十を過ぎて病と闘う氏にとって今宵の演奏会は最高のプレゼントとなったに違いない。

終演後、舞台で三木氏を囲んで●
終演後、舞台で三木氏を囲んで●

終演後、舞台で三木氏を囲んで●

リハーサル(●を除く)にて撮影
写真撮影:大森美樹

プロフィール

三木稔

ライフワークである「三木稔、日本史オペラ連作」は箏が重要な役割をする《春琴抄》《あだ》《じょうるり》《静と義経》《隅田川+くさびら》《源氏物語》と《ワカヒメ》《愛怨》に次ぎ《幸せのパコダ》で2010年夏世界にも例のない9連作が完成。6月の第8作《愛怨》ドイツ初演は各紙が絶賛、8回満員の記録。東西管弦楽を結ぶ「鳳凰三連」はニューヨークフィル等が演奏した《急の曲 Symphony for Two Worlds》を含み、欧米で一万回以上演奏されている《Marimba Spiritual》など室内楽・打楽器作品の多くは国際的なレパートリーとなっている。合唱曲・歌曲も多いが、日本音楽集団(1964)創立以来数十年邦楽器群、特に新箏(21絃)作品に献身した。他に三木オペラ舎(旧歌座)、結アンサンブル、オーケストラアジア、オーラJ、アジア アンサンブル、北杜国際音楽祭を創立し、例のない創造・プロデュース活動を国際的に展開。著書:「日本楽器法」(英語版・中国語版も)、「オペラ《源氏物語》ができるまで」。CD:「三木稔選集Ⅰ~Ⅶ」他。芸術祭大賞・紫綬褒章などのほか、2009年第20回「福岡アジア文化賞」の「芸術・文化賞」を日本人として初受賞。

福田輝久(客演)

1949年長野県。1986年頃よりソロ活動を始める。作曲家とのコラボレーションによる新作展・リサイタルを重ね尺八の表現領域を見つめて来た。オーケストラ・室内楽・管弦楽器・民族楽器との新作共演を国内外で行う。2001年ISCM「世界音楽の日々」横浜大会ファイナルコンサートにて英国ジョン・パルマ―の超難曲「尺八と室内楽の為のKOAN」に高い評価を得る。2003年フランス公演を機に尺八・三味線・箏による「邦楽聖会」を結成、音楽監督に丹波明氏を迎え「伝統と刷新」をテーマに毎年東京・フランスにて公演、古典から現代作品を示す。CDは日米欧にてリリース。中村梅山・宮田耕八朗・トムチェイピンに学び黒田良夫・丹波明の親炙に浴す。尺八聖流を立ち上げる。

石垣清美

5歳より生田流箏曲を学び、後に沢井忠夫に師事。1977年初代石垣征山と第1回箏・尺八ジョイント・リサイタルを開催以来、国内外各地で回を重ねる。1985年から9年間、熊谷守一美術館にて年4回ジョイント・コンサートを開催。平成元年度「石垣清美 箏独奏会」、平成3年度「石垣征山・石垣清美 ジョイント・リサイタルvol.5」の成果により、文化庁芸術祭賞を受賞。コロムビアよりCD「石垣清美 箏・十七絃の世界」「沢井忠夫デュオ作品集」「石垣清美・沢井忠夫をうたう」他発売。国際交流基金の派遣などによりアメリカ、東南アジア、アルゼンチン、スペイン、中東、他を訪問。洗足学園音楽大学教授。桐朋学園芸術短期大学講師。沢井箏曲院教授。邦楽音心会主宰。NHK邦楽技能者育成会、京都女子大学卒業。

木村玲子

正派音楽院卒。NHK邦楽技能者育成会を経て日本音楽集団、歌座、オーケストラアジア、アジアアンサンブル等で活動。現在オーラJ同人。1976年パンムジークコンクール第1位。1990年三木稔氏に箏譚詩集第4集を委嘱初演する。三木稔作品による第4回リサイタルで1994年度文化庁芸術祭賞受賞。1998年ワシントンDCフリーアギャラリーホールでのリサイタル。2000年三木稔オペラ源氏物語の初演など国内外で高い評価をうける。国連50周年コンサート他欧州ツアー、オペラ春琴抄等海外での公演多数。NYフィル、読響、都響など内外主要オーケストラとの共演。今秋三木稔シリアスシリーズ全5曲を集めたCDをリリース。正派邦楽会所属。

砂崎知子

東京藝術大学邦楽科卒業、同大学院修了。東京大学講師、大阪音楽大学教授を歴任。国内外において活発な演奏活動を展開し、リサイタルは30回を数える。1987年文化庁芸術祭賞受賞。1989年ビクターよりソロアルバム発売。また、「琴ヴィヴァルディ四季」(東芝EMI)など、クラシックの名曲を箏だけで演奏した画期的なCDも手掛けている。近年は作曲活動にも力を入れ作品集(家庭音楽会出版部)も発売。現在、箏曲宮城社大師範。全国小中学生、高校生箏曲コンクール審査員。2007年~2009年の間に国内24ヵ所で全国ツアー公演を開催。その他テレビ、ラジオ等で活躍中。

福永千恵子

東京藝術大学邦楽科卒業。パンムジークフェスティバル東京'79にて一位ドイツ大使賞受賞。1980年より国内外で現代作品を中心としたリサイタルを開催。国立劇場主催怜楽公演にて正倉院復元楽器による数々の弦楽器の演奏担当。2007年、東海大学卒業生により結成された、KOTO2KAIと共に沢井忠夫作品集による連続コンサート全9回〔音・燦らかに〕を開催。CD「福永千恵子BEST TAKE」「やさしく学べる 箏教本」(汐文社)発売。現在 東海大学教授、東京藝術大学非常勤講師。沢井箏曲院所属。

宮越圭子

1974年正派音楽院研究科修了。同院にて箏を中島靖子・後藤すみ子、三絃を井上道子・三宅倫子他に師事。同年NHK邦楽技能者育成会卒、日本音楽集団入団。以後、国内外で数多くのコンサートに出演の他、三木稔のオペラ「あだ」・歌楽「うたよみざる」の二十絃箏、「春琴抄」の三絃、市川猿之助スーパー歌舞伎の音楽の十七絃の担当など幅広く活躍する。1987年・1988年・1997年に十七絃リサイタルを開催。豊かな音楽性や表現力、確かなテクニックには定評があり、特に十七絃箏におけるアンサンブル技術では高い評価を得ている。現在、正派音楽院助教授、正派邦楽会大師範(芸名宮越雅虹)、日本音楽集団団員、正派合奏団団員、桐韻会会員、創造学園大学非常勤講師、トリオ響同人。2005年「宮越圭子17絃の世界」をリリース。

吉村七重

従来の伝統的な古典箏曲、十三絃箏の演奏と同時に、1971年以後新しい表現を求めて二十絃箏を手掛ける。多くの作曲家の協力を得て新たな可能性を拓く二十絃箏の世界を展開、新作初演は100曲を数える。現代音楽祭他海外からの招聘も多く、日本を代表する箏演奏家として日本文化の紹介、国際交流に大きく貢献している。本年、平成21年度芸術選奨文部科学大臣賞、第19回朝日現代音楽賞受賞に輝く。1992年文化庁芸術祭賞、1993年第三回出光音楽賞他多数受賞。古典から委嘱作品による現代音楽まで多くのソロCDを日本(カメラータ・トウキョウ、ビクター伝統文化振興財団他)やアメリカ(Celestial harmonies)からリリース。日本現代箏曲研究会を主宰し、若手演奏家の育成に努めている。

笹井邦平(ささい くにへい)

1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。