公演情報

第49回 三好芫山 尺八リサイタル

2009年10月20日(火)開催

(東京・紀尾井小ホール)

京都を拠点にワールドワイドな活動で知られる都山流の尺八奏者、三好芫山師。来年開軒50周年を迎える芫山師が、2009年10月20日東京・四ツ谷の紀尾井小ホールで第49回にあたる尺八リサイタルを行ないました。都山流の本曲を含む、古典曲中心のプログラムで観衆を魅了したその模様をお伝えします。

本来のフィールドでの曲想が異なる3曲のリサイタル

文:中山久民

笙と尺八の為の小品「虚音(うつろね)」
笙と尺八の為の小品「虚音(うつろね)」

都山流の尺八奏者、三好芫山(みよし・げんざん)の第49回目となるリサイタルが、珍しく東京で行なわれた。京都を拠点にし、海外と東京が等距離にあるといった印象の活動ぶりで、クラシック音楽やジャズなど異ジャンルとのコラボレーションを積極的に展開してきているが、今回は芫山本来のフィールドならではの曲想が異なる3曲構成のナマ演奏が聴けた。

1曲目は、東京では初演となる雅楽の芝祐靖に委嘱した作品、笙と尺八の為の小品「虚音(うつろね)」。その芝が興した伶楽舎の笙奏者である東野珠実との二重奏で、空洞を吹きぬける息音が徐々に尺八ならではの楽音へと変容していく様子に面白味が感じられる。笙の音色が同系統のリードを持つアコーディオンの音色かと錯覚するように奏でられていく。時おり今では懐かしくさえある現代音楽曲などを思い起こさせるフレーズが聴こえたりもする。意外なほど淡々とした曲調で、荘子〈注1〉の「虚から音を生む」をきっかけにし、「日本書紀第一(天地開闢〈注2〉)」を想い描いた「虚音」には、叙情といった人の情や思いは薄いが、混沌から形態を持つようになる変容を感じさせるものだった。

都山流本曲「寒月」
都山流本曲「寒月」
都山流本曲「寒月」

2曲目の都山流本曲「寒月」は、都山流の流祖である中尾都山による曲で、厳冬の夜空に凍りつくように冴えわたる寒月をイメージして作られている。これを芫山はステージの中央に座っての尺八独奏で聴かせる。尺八曲の魅力でもある寒々とした寂寥の漂う演奏で、月の白光が土塀とその内から枝を伸ばしている梅花を照らしている光景を想像させる。その時、ふとワタシの好きなエドワード・ホッパー〈注3〉の油絵「ナイトフォークス(夜鷹)」に見られる都会の深夜の寒々とした寂寥と疎外感を感じさせる情景を思い出していた。それとの落差を楽しむというか、欧米の光をとらえる感性との違いといったものを面白く感じ、そして異質の寒々とした光景の描かれている様子が浮かんできた。その白い月の光に照らしだされる極寒の光景は、モノクロ映画などで観たような記憶もあり、さまざまな光景を思い出させる演奏だった。

地歌「新青柳」
地歌「新青柳」

3曲目は石川勾当作の地歌「新青柳」で、歌・三弦が藤井昭子、箏が渡辺明子、尺八を三好芫山という編成による演奏。後に八重崎検校が箏の手を付けた技巧的な手事(器楽演奏)ものの難曲といわれるだけに、ついバンド演奏の感覚で聴いてしまった。乱暴で的外れかもしれないが、箏をピアノに、三弦がギター、尺八がベースといった感じで聴いていると、抑制された尺八演奏が曲を支えていきながら触媒となるような展開をみせるのにビックリ。“洩れ来る風の匂い来て”や“これは老たる柳の色も狩衣の風折も”と歌われた後に続く手事に、三曲というバンド演奏ならではの面白味を実感。10年ほど前、女優、山岡久乃の告別式(築地本願寺)で地歌が流されていたのを聴いて以来、艶っぽい物語りを引用する妙と手事にみられるバンド・サウンドとしての技巧に魅了されていただけに嬉しくさせられた。

注1 荘子・・・
中国の思想家。
注2 天地開闢(てんちかいびゃく)・・・
世界のはじまり、初めのこと。
注3 エドワード・ホッパー(Edward Hopper)・・・
20世紀アメリカの具象絵画を代表する一人。

出演者プロフィール

三好芫山

京都市出身。12歳のとき都山流・富井舜山に入門。1971年大師範となり、1983年、尺八界最高の称号である「竹琳軒」を允許される。国際交流基金等の文化使節として、アメリカ、中国、モロッコ、中近東を訪問。さらに海外からの招聘で、ドイツ、フランス、スペイン、アメリカ、カナダ、オーストラリア等、数多くの公演を行い、喝采を博している。日本の伝統文化を継承するにとどまらず、クラシック音楽、ジャズ、ロックとのクロスオーバー等ジャンルを超えて、尺八の楽器としての可能性の追求に情熱を燃やして代表する尺八奏者。
1970年、大阪府文化奨励賞、
1985年、京都市文化芸術協会賞受賞。
公式HP:http://www.genzan.co.jp

藤井昭子

幼少より、祖母阿部桂子、母藤井久仁江に箏、三弦の手ほどきを受ける。九州系地歌箏曲演奏家として、国内のみならず、文化庁、国際交流基金等の派遣により海外でも多くの演奏を行う。又、現代における伝統音楽の継承と古典の新たな可能性を追求する場として地歌ライブを2ヵ月毎に開催し伝承曲70曲を演奏する。
文化庁芸術祭新人賞日本伝統文化振興財団賞
伝統文化ポーラ奨励賞を受賞

渡辺明子

幼少より、母菊池千恵子に手ほどきを受けその後、阿部桂子、藤井久仁江に師事する。九州系地歌箏曲演奏家として、活躍する他NHK邦楽技能者育成会を卒業し現在は藤井昭子と共に海外の公演、放送等めざましい活躍をしている。

東野珠実

国立音楽大学作曲学科首席卒業。慶應義塾大学大学院政策メディア研究科修了・義塾長賞受賞。雅楽を芝祐靖、豊英秋、宮田まゆみに師事。ISCM、ICMC、国立劇場作曲コンクール第一位、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞、日本文化芸術奨励賞等国内外にて入賞・受賞。89年より笙奏者として国立劇場公演はじめ、タングルウッド音楽祭、ウィーンモデルン等、国内外の公演に参加。Yo-Yo MA主宰“The Silk Road Project”(EU/USA)、今藤政太郎、梅若六郎、坂本龍一、山下洋輔らの招聘を受け、創作・演奏を通じ多様な活動を展開。ソロ活動の他、雅楽団体・伶楽舎に所属。“From the Eurasian Edge”を主宰。
公式HP:http://www.shoroom.com

中山久民

『CDジャーナル』元編集顧問。タウン誌『新宿プレイマップ』編集部を経て、『美術手帖』で批評連載を始める。音楽之友社の『オン・ブックス』シリーズをきっかけにミュージック・マガジン社、講談社、音楽出版社などで音楽書&音楽誌の編集プロデュース作業を行なう。著書に『多量な音の時代』(音楽之友社)、『プロフェッショナル・ロック』(共著・キョードー東京)がある。