公演情報

遠藤千晶箏リサイタル−凜−soloist−

2009年5月 9日(土)開催

(東京・紀尾井ホール)

第13回日本伝統文化振興財団賞を受賞された箏奏者の遠藤千晶さん。“−凜−soloist−”と題されたリサイタルが5月9日東京・紀尾井ホールで開かれました。箏のソロでの演奏はもちろん、人気尺八奏者・藤原道山さんに加え、本名徹次指揮 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団を迎えた豪華なひとときをお伝えします。

古典と現代をつなぎ、作品と演奏が一体となってひびいたリサイタル

文:小沼純一

《乱輪舌》
《乱輪舌》

豪華な、いや、英語でゴージャスなと形容したほうがいいだろうか、リサイタルである。しかしそれはひとつの見え方にすぎない。演奏する曲目、組み合わせは、はるかに内的に緊密なつながりを持っている。演奏者自身がプログラム・ノートで述べているように、「実は、今日のリサイタルは、〈乱輪舌〉に始まり、〈乱輪舌〉に終わります。と言いますのは、1978年ドイツでの沢井忠夫先生の〈乱輪舌〉の演奏に感銘を受けた石井眞木氏が、その旋律や要素を取り入れつつ作曲したというのが、本日の終曲である〈雅影〉だから」だ。その意味では、リサイタルとしての「開かれ」と作品相互の「閉じ」が絶妙に重ねられたと捉えられよう。

《楽》
《楽》

第一部は箏のソロが中心、第二部は箏とオーケストラとの共演。箏曲の開祖ともいうべき八橋検校から二十世紀の作品へ、編成の大きさのみならず、奏法は音色、語法まで、扇を広げてゆく箏のありようが感じとれる構成。それでいて、各作品はもとより、作曲家の名も知らなかったとしても、この曲のならびは誰でもが楽しめ、同時に聴き手によってその深みやつながりが捉えられて、飽きることがない。

《凛》
《凜》

冒頭、八橋検校《乱輪舌》の古典としてのたたずまいから、沢井忠夫《楽》へは大きな飛躍がある。古典性を保ちつつ、あきらかに近代の、二十世紀における書法であり、ひびきである。聴き手はここで、邦楽の耳から洋楽に親しんだ耳、つまり現在の誰もが持っている耳へとごく自然に移行する。それでいながら、箏の名手としての作曲家が有していた身体性が存分に生き、古典と現代をつなぐ。そして、そのつながりは、この日のために書き下ろされ、自らも二本の尺八を持ち替えて共演した藤原道山の新作、リサイタルのタイトルとしてもとられている《凜》へとのばされる。

《平調「越天楽」による箏 変奏曲》
《平調「越天楽」による箏 変奏曲》

第二部には、珍しい作品がならぶ。

宮城道雄作曲/近衛秀麿・近衛直麿編曲《平調「越天楽」による箏変奏曲》は、宮城道雄の天才が発揮された、80年も前の作品であることに驚かずにはいられない作品。藤井凡大《和楽器と管弦楽協奏の為の一楽章》も、オーケストラとの共演版は珍しい。作曲が1953年と混沌とした時代のせいもあるだろう、いま聴くと不思議な居心地の悪さを感じさせられるけれども、そこが逆に貴重に思える。そして最後、冒頭の《乱輪舌》と円環を閉じる石井眞木《箏と管弦打楽のための雅影》は、この作曲家らしい繊細さとダイナミズムをもった大曲。これまたこのかたちでは29年ぶりという。

《和楽器と管弦楽協奏の為の一楽章》
《和楽器と管弦楽協奏の為の一楽章》
《箏と管弦打楽のための 雅影》
《箏と管弦打楽のための 雅影》

遠藤千晶のつぶの揃った、よく伸びる音は、けっして小さくはない会場に余裕たっぷりに、それでいてはっきりとひびく。どの作品であっても、落ち着きがくずれることなく、安定した発音がされている。こまかいところまでいきとどいた配慮がなされているのに、息苦しくなることなどなく、むしろ風とおしがいい。だから、聴き手は何の心配もなく、ただ音楽を聴いていることができる。演奏者が自らのありようを消し、透明になり、作品と演奏が一体となってひびくという状態は、理想といえば理想であるにちがいない。そこを逆に物足りないかのように感じてしまうとすれば、それは良くも悪くも近代的演奏論に毒されているからかもしれないと、ふと自らの聴き方を問われるような気もするのであった。

第二部の共演は本名徹次指揮 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。すべて日本の作品でありながら、およそ異なったスタイルの作品を、いたずらに派手派手しく演出しないところは、この指揮者が戦前から戦後にかけての日本作品を誰よりも手掛けているからだろう。


終演後の一コマ
終演後の一コマ

演目

[第一部]
  1. 乱輪舌(八橋検校作曲)
  2. 楽(沢井忠夫作曲)
    箏 遠藤千晶
  3. 凜(藤原道山作曲/委嘱初演)
    箏 遠藤千晶 尺八 藤原道山
[第二部]
  1. 平調「越天楽」による箏 変奏曲(宮城道雄作曲/近衛秀麿・近衛直麿編曲)
  2. 和楽器と管弦楽協奏の為の一楽章(藤井凡大作曲)
  3. 箏と管弦打楽のための 雅影(石井眞木作曲)
指揮 本名徹次
箏 遠藤千晶
演奏 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
遠藤千晶

福島県福島市出身。
3歳より母・遠藤祐子に箏の手ほどきを受ける。
12歳より砂崎知子氏に師事。
東京藝術大学音楽学部邦楽科生田流箏曲専攻卒業。
同大学院修士課程音楽研究科修了。
第21回宮城会主催全国箏曲コンクール演奏部門児童部第一位受賞。
大学卒業時には、卒業生代表として、皇居内桃華楽堂にて催された皇后陛下主催音楽会にて御前演奏。
第41回NHK邦楽技能者育成会卒業演奏会においては、コンサートミストレスを務める。
NHK邦楽オーディション合格。

2002 第8回長谷検校記念全国邦楽コンクールにて最優秀賞(全部門第一位)ならびに文部科学大臣奨励賞受賞。
「遠藤千晶箏・三絃リサイタル」を東京、福島にて開催。
2003 1stCD[水晶の音](邦楽の友社)をリリース。発売に合わせて、福島コミュニティー放送主催にてソロコンサートを行なう。
2004 門下生による[CRYSTALLINE NOTES]を結成。
ベトナム・ハノイにて行なわれたASEM(アジア・欧州首脳会合)に先立つ参加各国文化祭に日本代表として出演。
2007 「遠藤千晶箏リサイタル−華−」を福島にて開催。
「遠藤千晶箏リサイタル−挑み−」を紀尾井小ホールにて開催。その演奏に対して、第62回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
2008 国立劇場主催公演「明日をになう新進の舞踊・邦楽鑑賞会」に出演。
母との共催で、妙祐会40周年記念箏曲演奏会を開催。
2009 第13回日本伝統文化振興財団賞を受賞。

現在、生田流箏曲宮城社師範。宮城合奏団団員。日本三曲協会会員。森の会会員。グループ“彩”メンバー。箏ニューアンサンブル団員。胡弓の会「韻」同人。妙祐会副会主。遠藤千晶とCRYSTALLINE NOTES(CCN)主宰。

小沼純一(こぬま じゅんいち)

1959年、東京生まれ。早稲田大学文学学術院教授。音楽・文芸批評を中心に執筆活動を続ける。第8回出光音楽賞(学術・研究部門)受賞。主著に『魅せられた身体』『ミニマル・ミュージック』『武満徹 音・ことば・イメージ』(青土社)、『サウンド・エシックス』『バカラック、ルグラン、ジョビン』(平凡社)、詩集に『サイゴンのシド・チャリシー』(書肆山田)、翻訳監修に『映画の音楽』(M・シオン、みすず書房)など。