公演情報

2008 宮下秀冽 箏・三十絃リサイタル

2008年11月 3日(月)開催

(東京証券会館ホール)

毎年恒例の二世宮下秀冽による“三十絃”を中心としたリサイタルが本年も開催されました。豪華共演者を迎えた趣向を凝らした楽曲、箏とは異なる特性を持つ三十絃の魅力を十全に引き出した演奏――。そんな現代邦楽の可能性に迫った素晴らしいステージの模様をレポートします。

「箏の枠を超えた三十絃」

文:星川京児

53年前に初世・宮下秀冽によって考案されたという三十絃。大きさではその26年前に宮城道雄が開発した八十絃なんて凄いものがあるが、実用楽器としては最大の箏であろう。低音部17絃と高音部の13絃の二部構造。というと、通常の十三絃と十七絃を併せたものと思われるかもしれないが、聴いたイメージは大きく異なる。これはもう別の楽器である。

まずはトータルな楽器の響きが違う。ハイトーンは限りなく透明感を強調し、それだけに低音部は存在感を増す。加えて十七絃を超える太いゲージにより、打弦奏法のようなパーカッシブな衝撃音を生み出す。時に、ピアノの内部奏法(注)のような異空間まで創出してしまうのだから、これはもう箏の拡大版というより、独立した楽器。目を瞑って聴いていると、爪弾いているというより、両手を使っての打弦鍵盤楽器のような趣もある。
 それだけに奏者の力量が問われることは、言うまでもない。
 宮下秀冽の【箏・三十絃コンサート】は、半世紀をかけて蓄積されたこの楽器の響きを十二分以上に引き出している。もちろん、箏曲家・宮下秀冽の魅力を微塵も減じるものではない。

尺八・藤原道山を迎えた「夜の調」
尺八・藤原道山を迎えた「夜の調」

コンサート冒頭を飾るのは初世・宮下秀冽による『夜の調』(1943年)。作曲者が言うところの「古典本曲風の虚無僧尺八と新歌謡風旋律を融合した器楽曲」。第一楽章「さし昇る月」から「月下の舞」、「小夜曲」。最終章の「踊より眠りへ」は、一幅の絵を見るような心持ち。戦時下にあってこそ、生まれた平和と日本的な静寂感なのかもしれない。尺八に平成の名手・藤原道山を持ってきたのも演出の妙といえよう。

三十絃による「白神山地」
三十絃による「白神山地」

ここから三十絃。現代邦楽界きっての名作曲家、故・長澤勝俊の『白神山地—三十絃によるブナの森のうた—』(1998年)では、三楽章に分けて四季を描き分ける。たぶんに映像的であるが故に、この楽器ならではの響きの濃淡が鮮やかだ。

初お披露目となった「音づれ」
初お披露目となった「音づれ」

邦楽器としてのDNAをたっぷりと聴かせたかと思えば、休憩を挟んで、新進気鋭の作曲家・高橋久美子による『音づれ—三十絃独奏のための—』(2008年)が始まる。ここでは時に意表を突く絃の響振が心地よい。パンフレットの作曲者解説には「まず最初に三十絃を体験させて頂き、度々“音を聴く”ことを繰り返し、秀冽先生と相談したうえでの『音づれ』は生まれたのです」とある。いわゆる洋楽系作曲者への委嘱作品にありがちな、楽器の可能性への過剰な思い入れ、それ故の違和感がないのはそのためだろう。作品の面白さだけでなく、楽器そのものとしての可能性をも感じさせるのも成果。

「さらし幻想曲」。三絃・杵屋栄八郎、尺八・青木彰時との共演。
「さらし幻想曲」。三絃・杵屋栄八郎、尺八・青木彰時との共演。

締めは箏で、巨星・中能島欣一による名曲『さらし幻想曲』(1943年)。奇しくもというか、初世と合わせて同じ年の作品である。三絃に杵屋栄八郎、フルートを尺八に代えて青木彰時を迎えての快演。リズミカルな楽章の絃に挟まれた叙情的な管の第二楽章。これぞ『日本の四季』(もちろんヴィヴァルディの『四季』との対比です)といいたくなるカタルシスは、まずコンサートとして見事。こういうセンスはもっと邦楽界も取り入れて欲しい。楽器も演奏家もまだまだ少ないだけに、どうしても三十絃に耳が行ってしまいがちだが、現代邦楽の作品レベルの凄さを、改めて認識させられたステージでありました。

注 内部奏法
鍵盤を押さえて演奏するのではなく、ピアノの弦を直接指で弾いたり打楽器の桴(バチ)などで叩いたりする特殊奏法。

プログラム

  1. 夜の調
    作曲:初世宮下秀冽
    [箏]宮下秀冽/[尺八]藤原道山
  2. 1998年委嘱
    白神山地 -三十絃によるブナの森のうた-
    作曲:長澤勝俊
    [三十絃]宮下秀冽
  3. 2008年委嘱・初演
    音づれ -三十絃独奏のための-
    作曲:高橋久美子
    [三十絃]宮下秀冽
  4. さらし幻想曲
    作曲:中能島欣一
    [箏]宮下秀冽
    [三絃]杵屋栄八郎/[尺八]青木彰時
二世 宮下秀冽 プロフィール

幼少より父初世宮下秀冽より箏曲を学ぶ

満3歳にて初舞台をふむ

1958年 東京新聞主催、文部省(現文部科学省)、日本放送協会後援、第9回邦楽コンクールにおいて、宮下秀冽作曲「花」の演奏により三曲児童部第一位入賞
  NHKより初放送される
1965年 東京芸術大学音楽部入学、人間国宝中能島欣一師に箏曲を学ぶ
1967年 東京芸術大学優秀賞、安宅賞を受賞
1968年 東京芸術大学卒業
  NHK邦楽技能者育成会終了。NHK優秀賞受賞
  NHK「今年のホープ」に選ばれ、NHKテレビに出演する
1972年 「宮下たづ子箏リサイタル」の成果により芸術選奨文部大臣新人賞を受賞
  日本、インド文化交流芸術団員としてインド各地を訪問、ガンジー首相に謁見
1985年~1990年 NHKテレビ、FM放送に度々出演
  「宮下秀冽作品集」全13巻(ビクターレコード)の録音実施
1991年 CDアルバム「邦楽演奏家Best Take 宮下たづ子」(ビクター)発売
1992年10月 「'92宮下たづ子 箏・三十絃リサイタル」開催(北とぴあ)
1993年10月 「'93宮下たづ子 箏・三十絃リサイタル」開催(浜離宮朝日ホール)
  秀冽社初代家元宮下秀冽の遺志により、秀冽社二代家元を継承
1995年1月 山田流協会より「宮下家元」の認証を受ける
1995年11月 「'95宮下たづ子 箏・三十絃リサイタル」開催(三越劇場)
1996年11月 「宮下たづ子改メ二世宮下秀冽襲名箏曲記念演奏会」開催(有楽町朝日ホール)
  CDアルバム「二世宮下秀冽襲名記念 三十絃/宮下秀冽」(ビクター)発売
1997年11月 「二世宮下秀冽 '97 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(朝日生命ホール)
1998年11月 「'98 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(国立劇場小劇場)
1999年10月 「初世宮下秀冽七回忌 追善演奏会」開催(日刊工業ホール)
  CDアルバム「宮下秀冽作品集 第1集」発売(ビクター)
2000年12月 「2000 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(国立劇場小劇場)
2001年11月 「2001 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(朝日生命ホール)
2002年2月 アメリカ合衆国ブッシュ大統領来日、大統領夫人歓迎会(赤坂迎賓館)にて演奏を披露
2002年11月 「2002 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(朝日生命ホール)
2003年11月 「2003 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(朝日生命ホール)
2004年11月 「2004 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(abc会館ホール)
2005年10月 「2005 宮下秀冽三十絃リサイタル」開催(北とぴあ)
2005年11月 「初世 宮下秀冽追善 宮下秀冽作品鑑賞会」開催(北とぴあ)
2006年10月 「2006 宮下秀冽 箏 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(北とぴあ)
2007年11月 「2007 宮下秀冽箏曲演奏会」開催(東京証券ホール)
2007年11月 「2007 宮下秀冽 箏・三十絃リサイタル」開催(紀尾井小ホール)

現在 秀冽社家元紫線会会長
   東京藝術大学非常勤講師
   十文字学園、星美学園、神田女学園箏曲講師
   山田流箏曲協会理事、日本三曲協会参事、新潮会、東洋音楽学会会員

箏曲 宮下秀冽 オフィシャルサイト  http://www.shuretsu.com/

星川京児(ほしかわ きょうじ)

1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏/作曲よりも制作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサーに。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの『世界の民族音楽』でDJを担当しながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組制作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念 DVD』をはじめ、これまでに関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。