公演情報

安藤政輝リサイタル 宮城道雄全作品連続演奏会10

2008年2月22日(金)開催

(東京・紀尾井小ホール)

偉大な音楽家、宮城道雄師の最年少の愛弟子といわれる安藤政輝師。師が平成2年から長期にわたって続けている"宮城道雄全作品連続演奏会"。これまでに113曲を弾き、今回で10回目を迎えたという演奏会は、昭和4〜6年の作品が中心。今や日本を代表する"お正月の曲"となった感もある「春の海」ほか、子供たちのために書いた童曲の数々など、作曲家としての多彩さが楽しめるコンサートとなりました。

文:笹井邦平

坊やの恩返し

「春の海」は新年や慶事のテーマソングとしてマスコミ・ショッピングモール・イベントなどで流れる人気曲である。ただこれが古典箏曲の代表曲と誤解されがちだが、宮城道雄作曲(昭和4・1929)の曲で、江戸時代の地歌・筝曲とはテイストが全く異なる。歌中心の古典曲ではなく器楽曲で、尺八が箏の伴奏ではなく箏と同じスタンスで合奏する意図を持って創られた当時の現代曲なのである。初めて聞いた時宮城夫人は「まるで民謡みたいね」と評したと云われ、そのポピュラーな曲想が人気曲となっているのだと私は思う。

宮城師の没後50年を経て宮城社以外でその作品が演奏される機会が増え、宮城曲はブレイクの兆しをみせているが、平成2年(1990)より「宮城道雄全作品連続演奏会」を続けている愛弟子がいる。その演奏家は安藤政輝師、宮城師より〈坊や〉と呼ばれ存命する門人の中ではおそらく最年少の弟子で、これまでに113曲を演奏し今回10回目の演奏会を開催する。これは数多の教えを受けた偉大な師への恩返しと私は思う。

童曲に残る昭和の匂い

「町の物売」
「町の物売」

今回演奏するのは昭和4年(1929)より6年(1931)までの作品、「秋の草」「ピョンピョコリン」「一番星二番星」「赤い牛の子」「雪のペンキ屋」「鼻黒鼻白小僧さん」「泣いているとんぼ」「町の物売」「春の水」「遠砧」「こほろぎ」「富士の高嶺」「雲のあなたに」「春の海」「高麗の春」の15曲。

出演は安藤師の門人と尺八は藤原道山さん、そして宮城作品の一ジャンルを形成する〈童曲〉と云われる子供のための作品を歌う子供たち。

宮城曲の歌物はキーが高い、それは自身が高音域の声の持ち主だったそうで、大人は当然裏声で子供がやっと地声で届く高さだ。昭和初期を彷彿させる着物姿で一生懸命歌う子供たちに惜しみない拍手が贈られる。

そこには近代化の波が打ち寄せ引いたあとに砂浜に残ったセピア色の昭和初期の文化と生活の香りが色濃く漂っている。

極彩色の「春の海」

〈童曲〉以外の「秋の草」「春の水」「遠砧」「富士の高嶺」「雲のあなたに」「高麗の春」は歌物で、それぞれそ美しさ・儚さを綴る歌詞に美しく豊かな情緒溢れるメロディが付いている。そして「こほろぎ」「春の海」は器楽曲ながらその抒情性は歌物を凌ぐテンションで伝わってくる。

もちろん安藤師と道山さんの名演によるものだが、特に「春の海」は盲目の宮城師が描く潮風が甘くさえ思われる春の穏やかな海辺の情景がゴッホの絵画の如く極彩色で描かれている。ただ、いつも聴く「春の海」と尺八の手が微妙に違うように感じられたが、後日演奏会で道山さんに会った時に伺ったら、初演の吉田晴風師の譜を使った-とのこと。80年を経て演奏家によって微妙に変わってきているのだという。

「秋の草」
「秋の草」
「高麗の春」
「高麗の春」

天才の息遣い

他会派の演奏も幾度か聴いているが安藤師の演奏は〈本家〉の趣がある。それは楽譜で教わったのではなく宮城師の息遣いや感性を目の当たりにした人にしか表現できぬ宮城道雄という稀代の天才の血の通った音楽になっている。それを次代に伝えるためこの演奏会は最後の作品まで完結して欲しい。

15曲中10曲尺八を演奏した藤原道山さんと解り易く丁寧な解説をした宮城道雄記念館資料室の千葉優子さんの強力なサポートに拍手を贈る。

写真提供:安藤政輝

安藤政輝(あんどう まさてる)

宮城道雄・宮城喜代子・宮城数江に師事。宮城会第1回コンクール第1位。東京芸術大学大学院博士課程修了。日本で初めての音楽家による博士(学術博士)として日本音響学会、国際音響学会、音楽教育国際会議、日本音楽教育学会等において論文発表および演奏・講演等。(英)ケンブリッジ大学サマースクール、(米)アーラム大学における教授活動の他、カーネギーホール、ムジークフェライン、サラエボ国際ウインターフェスティバルにおける演奏など海外でも活動。 1972年より現在までに23回のリサイタルを開催。1990年からは「宮城道雄全作品連続演奏会」を開始、継続中。『生田流の箏曲』(講談社 13刷)、ビデオ『箏〜さくらを弾きましょう〜』(ビクター伝統文化振興財団)などの著作がある。現在、東京芸術大学教授。輝箏会・箏グループかがやき主宰。 ホームページURL:http://www.h2.dion.ne.jp/~masando/

笹井邦平(ささい くにへい)

1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。